



佐藤忠良彫刻展-ロダン美術館展より-
「メッセージ」
戦争の経緯について、人それぞれ理由を述べるかもしれません。
私は3年のシベリア抑留から帰ることはできました。
しかし、日本の15年戦争の幕を、沖縄の子供たちに背負わせて降した責を今まで誰が背負ったのでしょう。
摩文仁の丘に立たせる「少年」の像は私には本当に重い主題でした。
どうしても感傷的になり易い像との闘いでした。
私の作った像はおそらく応えることのできないまま終ったかもしれません。
にも拘わらず、沖縄の皆さんの手で、記念に私の作品展をもって下さることになりました。
少ない点数ですが、一昨年パリの国立ロダン美術館での私の個展出品の中から選んだものです。
一つ一つに自分のメモは作者として余計なことでしたが、私の歩んできた跡の一端をご覧いただければうれしく存じます。
佐藤忠良
佐藤忠良作品 少年の像 沖縄平和祈念 メダル
以下、公益財団法人 沖縄協会より引用です。
「少年」の像を制作した佐藤忠良氏は日本彫刻界を代表する彫刻家。制作のために数回現地を訪れた佐藤氏は「苦悩を内に秘めた『少年』の像として過去・現在・未来を凝集したものをめざし、訪れる人々がこの像と対話ができるような触れあいを大切にしたい」とその制作意図を語っていました。
「少年」の像
昭和54年、沖縄平和祈念堂北側「瞑想の森」の整備を進めていた時、森の中にあるガジュマルの根元から、学徒兵と思われる遺骨と朽ち果てた小さな軍靴、さびた手榴弾3発が発見されました。
この発見と沖縄の本土復帰10周年を機に、沖縄戦で散った前途ある少年たちの死を悼み慰め、平和の礎とするため、像の建設が進められ、昭和58年、「瞑想の森」の中に高さ1.6mのブロンズ立像、「少年」の像が設置されました。建設にあたり、学徒兵と同世代の全国高校生をはじめ、中学校・小学校の生徒・児童を対象に募金協力を呼びかけたところ、全国の多くの子供たちの協力を得られ、「少年」の像は建てられました。
「少年」の像を制作した佐藤忠良氏は日本彫刻界を代表する彫刻家。制作のために数回現地を訪れた佐藤氏は「苦悩を内に秘めた『少年』の像として過去・現在・未来を凝集したものをめざし、訪れる人々がこの像と対話ができるような触れあいを大切にしたい」とその制作意図を語っていました。
平成20年6月、より多くの方にご覧いただけるように、「少年」の像を沖縄平和祈念堂正面玄関前に移設しました。
佐藤忠良(さとう・ちゅうりょう)
明治45年(1912年)宮城県生まれ
東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻科卒業。新制作協会創立当初より会員として活躍。日本を代表する彫刻家の一人。
芸術選奨、国展賞、毎日芸術賞、第1回現代日本美術展賞、高村光太郎賞、朝日賞など受賞。
昭和56年、日本人として初めてロダン美術館(フランス・パリ)で個展を開催
