開山忌布教師・加藤智裕老師
昨日(11月10日)は東川寺の開山忌法要であった。
今年は雪の中の東川寺開山忌法要で、このような年も珍しい。
参詣者も雪のせいで何時もの開山忌法要より、すこし少なかったのが残念ではある。
だが、法要は厳粛裡に執り行なわれた。
本年、お迎えした布教師は浜頓別町永生寺御住職・加藤智裕老師である。
加藤智裕老師は当教区内の音威子府村咲来の長慶寺も兼務している。
浜頓別町永生寺、音威子府村咲来長慶寺ともに、大本山永平寺六十六世日置黙仙禅師を開山として拝請している大本山永平寺御直末寺院である
加藤智裕老師は故大休寺永井賢史大和尚とは駒澤大学の同級生で、大本山永平寺でも同安居であった。
永平寺送行後は暫く、山形県の三吉さん達と共に、大休寺を手伝っていたことがあった。
そんなこともあって、拙僧は加藤智裕老師とは親しくお付き合いさせて戴いている。
加藤智裕老師の御本師は音威子府村咲来の長慶寺の故加藤智雄老師である。
どちらも僧名は「ちゆう」と発音するので、字を間違えられることが屡々あったらしい。
お師匠様の加藤智雄老師は北海道第二宗務所梅花主事を長く勤められていた。
その時、拙僧は宗務所の書記を勤めていたこともあって、よく御指導して戴いた。
又、加藤智裕老師のお弟子さん(御子息)は、つい此の間まで大本山永平寺に安居していたので、永平寺で、これまたお世話になった。
拙僧が昨年永平寺で感謝状を受けた時、写真を撮って戴いたり、色々お世話になったのは、当時監院寮の行者をしておられた加藤智裕老師のお弟子さんであった。
加藤家親子三代にわたるお付き合いである。
永生寺住職・加藤智裕老師は若い時、たしかフルートを吹く音楽家であった。
若い時はとてもハンサムな顔立ちで(いまでもいい男だが)、大休寺に勤めていた折り、交通事故に遭い、そのハンサムな額に傷を負ってしまった。
彼の古里、音威子府は蕎麦を皮ごと挽いた「黒い蕎麦」の美味しいことで有名であった。
故大休寺永井賢史大和尚が大晦日にそれを食べたいと云い出したので、音威子府から「黒い蕎麦」を買って帰る途中、猛吹雪の中、事故に遭ってしまったのである。
今回、当山の開山忌布教師にお越し戴いたことから、お土産に浜頓別町特産品「ホタテ干し貝柱」を戴いた。
今ではとても貴重な北海道オホーツク産頓別(とんべつ)の「ホタテ干し貝柱」である。
加藤智裕老師は律儀な方なので、多分何かお土産をお持ちになるだろうと思い、前もって用意してあった「東川米・ゆめぴりか」と「東川の水・大雪旭岳源水」をお返しにお持ち帰り戴いた次第である。