おおきなかぶ・佐藤忠良 画
「おおきなかぶ」
内田莉莎子 訳
佐藤忠良 画
1962年5月1日発行/発行所 福音館書店
「おおきなかぶ」の原話はロシア民話である。
お爺さんは蕪(かぶ)を育てようと種をまき、やがて大きな蕪が出来た。
お爺さんはこの蕪を引き抜こうとしたけれども、一人では引き抜くことが出来ない。
そこで、お婆さん、孫、犬、猫、鼠を呼んできて、皆で力を合わせてようやく蕪を引き抜くことが出来たというお話。
この絵本はこのロシア民話の「おおきなかぶ」を内田莉莎子が翻訳し、佐藤忠良が絵を描いている。
1962年の初版だが、今でも多くの人々に愛読され、再版を重ねている。
佐藤忠良はこの「おおきなかぶ」の絵を描くのに大変苦労している。
まず第一にこの絵本は横長の画面に絵を描がかなければならないこと。
さらに、蕪(かぶ)を抜く場面では、どうも佐藤忠良には自身が描いた絵は、蕪を引いているのではなく、蕪を押している絵に見えたらしく何度も書き直していること。
納得いかないので、実際に自身の身体に紐を縛り付け、その引く姿を見ながら描いたこと。
この絵に登場するのは、蕪とお爺さん、お婆さん、孫娘、犬、猫、鼠だけなので画面構成、画面背景にも気を遣っていること。
佐藤忠良と安野光雅との対談集で〈ねがいは「普通」〉と云う本があるが、その中で、佐藤忠良はこの「おおきなかぶ」について次のようなことを話している
・・・・・・・・・・・
山根 佐藤先生には『おおきなかぶ』という絵本がありますが────。
佐藤 そう、すごく横長な本で、描きにくかった。猫と鼠を描いたときなんか、画面が大きくで、戸惑いました。
あれ、僕は三回描き直してるんです。「かぶをひっぱった」と書いてあるのに、押しているように見える。自分でアトリエの大きな鏡の前で、こうしてかぶを引いているかっこうをして、三回描き直しました。今でも皆さんに悪いんだけれど、押しているように少し見える。(笑い)絵でも彫刻でも、これでいいってものいはあまりないんです。
安野 あの絵がまだだって思っているのは、佐藤先生だけですよ。お世辞で言うのじゃないけれど、あのころ僕はこの佐藤先生と旧姓は赤松、結婚して丸木俊さんの絵にはかなわないなあと思っていましたね。絵本の中にしっかりしたデッサン力がそのまま移行して住んでいるです。ただ絵が上手、なんてものではダメなんですね。・・・・・
【安野光雅】(あんの・みつまさ)画家、絵本作家。
【山根基世】(やまね・もとよ)NHKエグゼクティブ・アナウンサー。
(“ねがいは「普通」”42~43頁より)
又、佐藤忠良は自著「触れることから始めよう」の「学ぶこと教えること」の章の中で次のように述べている。
・・・・・・ 『大きなかぶ』という絵本はいまでも多くの子供たちに読まれているようですが、いまは福音館書店の会長をされている松居さんがまだ編集者のときに、私にこの絵を描かせてくれました。
童画による絵本はたくさん出ているけれど、子供にもしっかりしたデッサン風の絵を見せなければいけないと考えて松居さんは私を選んでくださったようです。
選んでいただいた以上私も真剣でした。
かぶをみんなで引いているところなどは、どうしても押しているような絵になってしまうので、自分で引っ張る姿を鏡に映して何度も描き直しました。
子供におもねって童画風の絵を載せておけば間違いなく売れるところを、あえてきちんとした絵のある絵本を出版しようとした松居さんに、学ぶところが大いにあると思います。
子供に何かを理解させるということは、子供を甘やかすことでもないし、迎合することでもない。
ここのところをいま教育に携わる人たちに思い起こしてほしいのです。
(「触れることから始めよう」129~130頁より)
さらに佐藤忠良は、後にこの「おおきなかぶ」の絵について次のように語っている。
「絵本を描いた後、蕪の葉ではなく、ギザギザのある大根の葉だと気付いた。」、「ロシア民話を描くとき、シベリア抑留経験から人物、建物、背景などロシアの風景を描き出した。」と。
佐藤忠良はこの「おおきなかぶ」の外にも多くの絵本を描いている。
その為、佐藤忠良の彫刻を知らない人は、彫刻家ではなく絵本作家だと思われたことも屡々(しばしば)あったらしい。
堂々と「絵本作家・佐藤忠良」と書いてある本もあるくらいである。
尚、この絵本は「The Gigantic Turnip」として翻訳され出版されている。